ゲートを優しく開きましょう

 

 

 

 

現実を居心地よくしてあげると、いのちからは自然に愛が溢れます

 

 

 

 

「どうして私は優しくなれないんだろう?」

「私はぜんぜん愛じゃない」

時に、私達はそうやって自分を評価してしまいますね。

 

 

「私はまだまたです。」「わかっているんだけど、なかなかできない」そう、自分をあきらめたり、がっかりする事がありますね。

 

 

 

優しくする事が難しい、許す事って難しい、なかなかできないと多くの人が悩まれます。

 

 

 

けれど、

本当は、愛することは難しい事ではありません。

むしろ、いのちにとっては、愛さないで下さいと言われた方が難しいのです。

 

 

 

 

何故なら、本当は、

私達の本質が神様から分かれてきたあたたかい愛の炎でできているからです。

 

 

 

私達は、もともとが愛なんです。

 

今が愛と別な何かで、これから愛になっていく存在ではありません。

 

今この時も、私達の存在は、そのまま、あたたかい愛の光なのです。

 

 

 

 

けれど、そうではありますが、愛が出てこない感覚というのは確かに存在していますから、そう感じる経験はあるでしょう。

 

 

 

もともと、愛の存在である私達が、愛を感じられなくなる原因を持っているからです。

 

例えば、その原因の多くは、まず「我慢」なのです。

我慢する事で、自分を制限するリミッターを心に持っている事です。

 

 

自分がやりたい事、心が喜ぶ事、心が望む事を、なんらかの思いにより、喜びを止め、自分にそれをさせないで我慢させている事です。

 

 

 

或いは、自分が嫌だと感じていたり、不快に感じる事などを自分に我慢させて、無理やりやっている我慢もありますね。

 

 

 

こんな我慢がたくさん心にブレーキをかけてると、私達は自分の優しさを止めてしまうのです。

 

 

 

我慢している時は、お人の幸せにイライラしてしまうし、他の人がキラキラするのも、嫌な気持ちになります。

 

 

 

理由は、自分が輝くこと、幸せになることに、自分がブレーキをかけているからです。

 

 

 

そして、ブレーキをかけるのは、いろんな恐れがあるからです。

 

 

 

例えば、

 

 

「望んでる事があるけど、自分だけ幸せになったら家族に悪いな。」

「自分だけ幸せになったら、妬まれるんじゃないかな?」

「行きたくないけど、つきあい悪い人だと言われちゃうかな。」

「その場にいないと悪口言われちゃうかな・・」等。

 

 

 

悪いから、と断れない。

嫌われるから、言えない。

 

 

 

こんな恐れが私達を止めていて、たくさんの我慢を知らず知らず、自分にさせています。

 

 

 

この我慢により、内側に生じるストレスが、私達の愛を邪魔してしまうのです。

 

 

 

恐れが私達を止めてしまいます。

 

 

 

でも、あなたを幸せにする選択をしてみませんか?

 

 

 

我慢しなくてすむ方向に、選択を始めませんか?

 

 

 

周りに誰も同じ事に興味がある人がいなくても、

惹かれる趣味があったら、自分の為にそれを始めましょう。

 

 

 

大好きな事を始めましょう。

惹かれる事を始めましょう。

 

 

 

まわりの目を気にしないで、自分の魂を表現する為に、大好きな服を着るとか、

 

 

 

うまい下手じゃなくて、描きたい絵を好きなように描いて楽しんでみるとか・・。

 

 

 

自分の魂から出てくる ときめきを止めないで、自分の為に表してあげること。

 

 

 

自分が自分のエネルギーを止めないで、ときめきのヴァイブレーションを湧かせてあげる事をいとわないこと。

 

 

 

そのヴァイブレーションこそ、「本当の自分」の波動であるので、

 

本来のエネルギーのゲートが、内側で開いてゆくのです。

 

 

 

だから、喜びにいると、

頑張らないのに、あなたを通して愛はあふれてきます。

 

 

優しさが汲めども汲めども、湧いてきます。

 

 

 

だから、わくわくして黙っていても、幸せがこみあげてしまう。

 

 

愛がこみあげてきてくれます。

 

 

 

それが、「本当のあなた」なんですよ。

 

 

 

愛すること、

それが、私達の自然体なのです。