台風と突風と次元上昇(1)
アセンション
ミゼリコルディアメッセージ
この時期、私たちに働いているエネルギーを知り、動きましょう。
数年前より、全国様々な土地に『警報』が出される事が多くなりました。その中で、『巨大台風』『豪雨』『突風』『竜巻』のワードを多く目にするようになりました。
その度、自らも準備すると共に その土地の方々に心をはせて按じています。
台風や竜巻などの、気象に現れるものは、地球の次元上昇に深く関わっていることをご存じの方は多いでしょう。でも、暮らしの中でどうすればいいかが見えなくて、戸惑われている方もきっと少なくないのではないでしょうか。
私達が家の中にいても、いえ あなたが家の中にいるからこそ、その暮らしの中心から 次元上昇の為に、地球の為に、地球に住むあらゆる生命の為に 私達が優しくできることが、あるのです。
台風と突風、豪雨、雷、すべての自然現象は、私達の霊性とつながっているのです。
気象の姿には、いつもその背景に、大自然の摂理が必ず存在しています。小さな子供の頃、遠足などの前の日に、かわいいてるてるぼうずなどを作って、『明日、どうか晴れますように』と祈った かわいい思い出を多くの方がお持ちなのではないでしょうか。
誰もがこんなふうに一生懸命祈る小さな子のそばにいたら、『どうか晴れにしてあげてください。』と共に祈ることでしょう。
しかし、大宇宙には、自然の摂理があって、私達の都合がどうでも、その摂理をお守りし、顕す為に動いて行きます。
雨が降るも、晴れになるも、その日、その時、そのタイミングで天象がそうなるには、そこに宇宙の摂理があるんですね。このあたりは、ある意味、厳しく聞こえてしまうかもしれませんね。
でもお天気には、晴れになるも、雨が降るも、宇宙のバランスをとるのに必要なもので、私達の個人的な都合で天象が動くことは実はありません。
小さな子が一生懸命願っていたなら、そばにいる大人たちやお友だちは、なんとか叶えてあげたいと思うでしょう。
でも、例えば、雨がふって遠足が中止になって、がっかりして、でもその、がっかり体験がその子の心を強くしていくことがあります。本当の優しさや、四次元の感情エネルギーにからまってしまう祈りではなく、宇宙にひろがる本当の祈りを、成長の中で、やがて悟るきっかけかもしれません。美しい霊性教育が静かに行われています。そして、その経験が重要な成長をもたらすことがあります。
それは、この世に起こっているすべての現象を、目を近づけてみるだけでなく、ズームをひいて全体をみると言う 宇宙的な知性を私達に備えてくれます。
例えば、『神様、明日私は大事なパーティーなんです。だから、高価なドレスを汚したくない。楽しみにしているんです。どうか明日は晴れますように。』
そう自分の都合があって、天象に祈ったとしましょう。
けれど、その同時刻には、もしかしたら、『どうぞお願いです。日照り続きで作物が大変なんです。どうか雨を降らせてください』と真剣に祈ってる農家の方がいらっしゃるかもしれないのです。
その全体がみえた時、私達の意識は拡大し始めるのです。宇宙的なあたたかい視野をもった思いやりが私達人類の中で、育ち目覚めるのです。
この世界にはもう一段奥のものの見方があります。
自分の都合の視点でせばめて、 大自然を理解するのではなく、自分と他の人々がいて、天象があって、今はバラバラに見えているものは、本当は今まさに動いている巨大なエネルギーによって結ばれ、あたたかい宇宙の愛がそこに働いている、大自然の摂理が見えてくるのですね。
そうすると、私達人類は愛の時代を具現化する、力がついてゆきます。
最初は自分しかみえていなかった意識が、全体を見渡せるようになる、全体も自分のことのように感じでゆくのですね。そのように、自分しか視野にいれていなかった制限のある心が、他の人にも気持ちがあって、全体があることに気づき、深い思いやりが遠くまで及ぶようになると、意識は拡大し、少しずつ高次元化してゆきます。
そして、そんなふうに意識がひきあがり、心が新しい可能性の波動で振動を始めると、あなたのDNAも進化し始めるのです。
私達のチャクラも光の容量を増やし、進化してゆきます。意識も体も、光対応へと変わり始めるのです。
しかし、暮らしの中、当たり前の日々の中から、この気づきなしには、この次元上昇は起きないのです。
どうか私の霊性が、宇宙の摂理と調和しますように
聖母意識は、光を現してくれますが、女神の力はいのちに潤いをもたらす為、時に水を運びます。ですから聖母意識がエネルギーを伝達してくださるイベントなどではよく雨が降ります。また例えば、私が少々交通の便がよくない人里はなれたような場所に、お祈りに行く予定の日に、わりとすごい豪雨にあたったりすることがあります。
そうなると、私の人間ごころは、
『ああ、一時間に一本くらいしかバスがこない所で、しかものりつぎがあるのに・・。雨じゃないといいな』などと思ってしまうのです。
でもその日が豪雨なのは、私には不都合でも、宇宙の摂理には、その日豪雨である事は完全に意味があるのです。
だから、ありのまま。
そのままそれを受け入れてみようと思いました。
それで、晴れますように、ではなくて、
『どうぞ、私の霊性が地球と宇宙の摂理を理解し、それと調和しますように。』
『自然の摂理と私のいのちの波動が、調和しますように。』
そんな祈りがふとわいてきました。
すると、ささやかですが不思議なことが起こります。
豪雨は変わりませんでしたが、さっきまで激しく降っていたのに、私が家をでるタイミングで、外にでると雨がやみ、また駅について私が建物に入ると再び激しい豪雨になる。
駅を出て私が外を歩く時、ぴたっと雨がやみ、バスにのると再び豪雨!
おりると、雨はやむ。
中に入ると激しく降る。
また、私が屋根がある場所へいくと激しく雨が降り始める。外にでると雨はやむ。
意識していないのに、雨が降るリズムと何故か私の行動のリズムの息があってしまい、結局豪雨の日にも関わらず、傘はほぼ 使わずにすんでしまったのです。
すごいタイミング!と驚いた私は
その現象に、大事なことを学びました。
私達のこころのあたたかい所は『霊性』といい、大いなる自己があり、ワンネスという、すべてとつながっている所です・・。
地球とひとつに響きあい、宇宙とともに響きあっている、あらゆるものと一つになっている場所。
ここは、すべてと一つにつながっているがゆえに、想像を絶する巨大なハーモニーが存在するのです。
自分のエゴを遥かに越える、巨大であたたかい大自然の調和がそこにあります。
この胸の中にある私達の大いなる自己は、本来、宇宙の摂理そのままで機能しています。
自然の摂理と私達の神性は、本来は、ひとつにぴたりと調和するようになっているんですね。
だから。お天気という自然の摂理を変えようとすることもなく、自分と違う誰かの祈りを否定する事もなく
ただ、自分という存在の中にはセンターがあり、そこには、この世界に歯車がどれだけたくさんあっても、見事に美しくかみあい、活かしあい、完全な調和が実現している、大自然の摂理があたたかく備わっているんです。
そこに気づくと、自分がただ普通に歩いて、バスにのって、おりてを繰り返しても、豪雨がまるで私を助けてくれるかのように、私を避けてくれるかのように、降ってやんでのタイミングの宇宙の動きと私の動きのタイミングが自然に調和し始めるのですね。
それは、私達もまた、大自然から本当は離れておらず、大自然の一部であるということを細胞レベルで体感し、思い出して行く経験です。
まるで、自然の摂理と呼吸をあわせて、ともに息をあわせて深呼吸をしているみたいな気持ちよさでした。
時に、私達が天象にため息をつき、或いは天象におびえ、そこから困ることがあるのは、私達の暮らしの波動と、普段使いしている心が、自分の霊性(いのち)と調和していないことを教えてくれています。
そこにある摂理に手を優しく合わせられる、それは、自分のいのちを拝んでいるのです。
私達のエゴではなく、いのちという本質の中には、生命としてすべてと調和している「自然体』がそこにあるのです。
私達が、私達の中の自然体につながると、天象とのハーモニーに目を覚ましてくるのです。
自分の日常のこころが、自分のセンターと調和していないと、つまり、あなたの生き方があなた自身の本質からズレると、自然の天象と私達の波動にもズレが生じてしまうんです。
お天気や自然現象で私達が苦しむのは、私達のいのちの自然さに対して、普段の暮らしや心が、不自然になっているからです。
でも、もし、あなたが自分のいのちに調和し、自分の心の中に中心を見いだすと
あなたの暮らしと、自然界との息があってくるんです。
天象で、地球に困った苦しい現象があるのは、私達が、自分たちの自然さにフィットしていないのです。
それをとりもどす時、私達の波動は上昇し始め、地球の次元上昇と私達の暮らしの息があいはじめてきます。
大自然、大宇宙の中で、わたしたちは壮大な愛の摂理の一員として、いま、この地球で生きています。
私の中にもあなたの中にも輝いている、この自然さにを感じつつ、このメッセージは明日に続きます。
明日も楽しみにしていてくださいね。

